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こみねもすなるだいありー

全然何にも怖くない

naraku SWEET

ぼんやり目を覚ますと足が冷えていた。ウッ、とうめいてホテルのペラペラなシーツの中に足を引っ込める。簡素なシングルルーム、テレビもスポットライトも点けっぱなしで寝てた。
放りっぱなしだったiPhoneを手に取ると、DMMのダイレクトメールやクレジットカードの請求額確定のお知らせに混じって、メッセージが届いていた。LINEでもspメールでもGmailでもなくショートメール。ショートメール送ってくる相手なんか一人しかおらんから、相手はすぐわかる。090から始まる電話番号の下に、腹立つフォントで腹立つメッセージが浮かんでいる。

『着いた?』

バックライトの明るさで目がしょぼしょぼする。やっと時間を確認する。3時……。いや起きとらんやろ、と独り言を言いながら文字を打つ。

「おまえはよすまほ買えや」

雑誌のオフショットコーナーで、パカパカのガラパゴスケータイを使っていることをすっぱ抜かれたメッセージの主は、いやおれ、タッチパネルが反応せえへん特殊な体質やねん、と真面目な顔で言う。嘘つけ。どうやって駅でICOCAチャージしてんねん。大体タッチパネルやろ。ファンの子はそれを見て、やだショウゴくんかわいい、とか、自担はおじいちゃん、とか言っている。おめでたいぜ。ファンは盲目。ファンの語源はファナティック。
スマホを枕の向こうに放ってテレビを見やる。見たことのない関東ローカルのバラエティ番組をやっていた。巨乳のおねーちゃんがビキニでバナナ・ジュースを飲んでいる。いいねいいね。インスタントでええやん。シャワーを浴びて濡れたままの髪で寝こけていたので、すごい寝癖が付いているけど気にしない。枕に頭をはめこむと、スマホが震えた。LINEでもGmailでもなく、ショートメールが届いている。お前かい!起きてんのかい。

『俺、タッチパネルに愛されてないから』

相変わらずそれか。全然おもろない。ちょっと目が覚めてきた。パパパとキーボードに指を滑らせると、テレビの中のおねーちゃんがきゃあとかわいい声を上げた。

「着いた。東京さむいわ」
『明日何時からなん』

返事が早い。この時間までこいつ何してんねやろ。

「8時入りでゲネしてちょっと収録あって本番」
『寝んでええの』
「お前のせいで起きた」
『社長あった?』
「会ってへん 明日多分来るやろ」
『迎えきたん下川さん?』
「そう」
『下川さんめっちゃ眉毛細なってなかった?あれ絶対失敗』
「そこまで人の眉毛見ん」

普段大阪で仕事してると、ちゃんとした「マネージャーさん」ってかんじの人はおれへんけど、東京に仕事しに来るとフツーにそういう人おってビビる。下川さんはよく大阪から来る俺らの世話してくれる事務所のお兄さん。お兄さん……とおっさんの間くらいの人。イカツイけど最近生まれた次女にメロメロらしくて、今日も東京駅へ迎えに来てくれたタクシーの中で写メ見せられた。人んちのまだしわくちゃの子見てもカワイイかカワイくないかなんてわからんけど。赤ん坊は概念としてかわいいもんやから「かわいいですね」言うといた。でも下川さんの眉毛まで見てへん。ショウゴどこで下川さんの眉毛見てん?あいつ最近東京の仕事あったっけ?

部屋のすぐ下の道路は夜なのにずっと騒がしい。なんかビンの割れる音、バイクかなんかの走ってく音、いろいろ聞こえる。部屋の電気消して、テレビのあかりだけにすると、窓から光が漏れてくる。結構東京の夜好きやねんな。なんか、大阪とはちょっとちゃう。東京の方が、いつもおんなじ匂いがする。何月に来てもおんなじ、古い雑誌みたいな匂いする。胃の中で、さっき食ったセブン・イレブンのチョレギサラダが揺れている。どこでメシ食ったらええかわからんから、いっつも地元で食ってるもんとおんなじもん食ってしまう。太ったらあかんし。最近外食続いて顔丸なってる気するし。

ショウゴは、全然太らん。10年くらい、おんなじ塾通っとるくらいの頻度で会い続けてるけど、1回もぽちゃってるとこ見たことない。結構食ってるのに。差し入れの菓子も寿司も食うのに。日頃節制してるってわけでもなさそうなんに。不公平やな~。俺、わりとちゃんとしたもんをちゃんと食わなすぐ太る。しかも顔から肉つくから、すぐバレる。手紙で「カナエくん太りましたか?そんなところも好きです☆」って書かれる気持ち、あいつにはわからんやろな。Twitterで「【速報】嶋カナエ太る 嶋カナエ太る 嶋カナエ太る」って二重顎の変な顔で一時停止されたキャプチャ画像付きでツイートされてまう気持ちもわからんな。

まあ、ええか。お土産に東京ばな奈買って帰ったろ。ひと箱全部食わしたろ。

明日起きられたらええけど。一応部屋の電話機でモーニングコールを仕掛けて、スマホのアラームもかけた。絶対寝坊できん日に使う、U2の「Volcano」を朝7時に鳴るようにした。大事な仕事や。仕事はみんな大事やけど、それでも自分の中でドキドキする瞬間はある。心配になって、それでもなんか楽しみな仕事はある。何にも起きんと諦めてるところがちょっとあるから、天変地異でも起きそうな予感がちょっとでもすると、なんか嬉しくて楽しくなってしまう。さっきまでバナナ・ジュース飲んでたビキニのおねーちゃんにも、きっとそういう仕事があるんやろう。もしくは、あったんやろう。みんなそうやと思う。思いたい。ショウゴも……そうなんかな。

俺からのメッセージで止まってるところに、もう1個投げ入れてみる。

「お前、辞めるってほんま?」

画面を見つめても、何分見つめても、返事は来んかった。寝たんか、いや、絶対起きてた。とりあえず俺は次の日寝不足でドロドロの顔でU2聞きながら部屋飛び出したってことだけ、お伝えしとくわ。クソすぎ。

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