こみねもすなるだいありー

全然何にも怖くない

恋の話ができる人

高校2年生から3年生の間はクラスが変わらなかった。進学先等で振り分けられ、私の所属していたクラスは男子2:女子1の少人数クラスで、女子生徒は両手で数えられる人数しかいなかった。「一緒にお弁当食べよう」みたいなやりとりにハラハラしたのは、その時が初めてだった。私は見事に仲良しにあぶれて、華やかでかわいい、学校の人気者だった女の子2人になぜかくっついてお弁当を食べていた。なぜそういうことになったのかわからないし、お弁当を食べている間何を話していたかも全然覚えていない。私が「一緒に食べていい?」って言ったのかもしれない。彼女たちにそう聞いたとき、緊張しすぎて記憶から消えたのかもしれない。

ゆるいクラスの私たちは、色んな教科が「受けても受けなくていいよ」という扱いになっていた。数学はⅠ、A、Ⅱまでは他のクラスと同じように受けたけど、Bから先は授業がなかった。倫理の授業は、代わりに家庭科の授業を受けてもよかった。私は他の生徒たちが倫理を学んでいる間、家庭科の授業で創作ケーキを考えたり、中庭で七輪を使ってカレーを煮たりしていたため、こんなに倫理観に欠けた大人になってしまった。
地歴公民教科はどれか1教科を選択して履修すればよくて、私は適当に世界史を選択した。クラス分けされた様子を見ると、世界史を選択したのは、私と、一緒にお弁当を食べていた彼女たち2人と、全部で3人だった。他の子たちはみんな日本史。私と彼女らは、地歴公民の時間になると3人で教室を移動し、先生1対生徒3で授業を受けることになった。

世界史の授業はテキストを中心にしたベーシックなものだったけど、私以外の女の子たちの受験が終わると、授業のやり方は少し変わった。卒業ギリギリまで大学入試を受けていた私と先生がマンツーマンで苦手つぶしをし、他の2人は隣の教室で、世界史名場面をまとめたビデオを鑑賞する。先生は隣の教室を見にいったりするわけではないので、2人はビデオが流れている教室でケータイをいじったり、おしゃべりをしたりしていたみたいだった。

ある日、片方の女の子が学校を休んだ。確か体調不良だったと思う。先生もその日は出張か何かで不在で、私と、もう片方の女の子2人で自習をしているようにと担任教員に言われた。私とその女の子は、2人でえっちらおっちらと階段を上って教室移動をし、ガランとして寒い教室で、とりあえずノートと教科書を広げて座った。

この時間をどうしたらいいか戸惑った。

特に共通の話題があるわけでもない。クラスの話も特にすることがない。そんなとき、その女の子が「私の彼氏がさぁ」と口を開いた。
彼女に彼氏がいた(なんかこんがらがる書き方)ことは知っていたけど、そういう話をしたことはなかった。彼氏の話を聞きたい!と思ったこともなかった。ただ住む世界が違うという月並みな表現ばかりが机の上に散らばっていて、彼女たちと向き合うと全然うまく話せなかった。そんな風に思っていた私は、いきなり「彼氏がさ」と口火を切られて混乱した。彼氏の話を私にするんですか?私に彼氏の話をしてもいいと思ったんですか?

彼女は、最近起こった彼氏との出来事を話して、彼氏のちんぷんかんぷんな振る舞いを私に愚痴った。「へ、へぇ」「大変だね」と相槌を打つのが精いっぱいだった。私は混乱して困惑して答えに窮してはいたけれど、それと同じくらい舞い上がっていた。

私、恋の話ができる人だと認識されているんだ、と思った。彼女にとっては「彼氏の話をできる人」のハードルが低く、私にとって「彼氏の話をできる人」のハードルが高かっただけかもしれないけれど、私は彼女がひたすら話す彼氏の話を、特別な何かとして聞いていた。私、人の彼氏の話聞いてる。私、今人の彼氏の話聞いてるんだ。彼氏の話できる人って思われてるんだ。

高校在学中、私に浮いた話は全くなかったし、彼女もそれを知っていたと思う。私はダサくてパッとしない高校生で、明るくてあか抜けている彼女とどう接していいかわからなかった。あか抜けている人コンプレックスだった。彼女たち2人の前に座っていると、本当に3歳児のように困り果てるのだった。彼女の彼氏の話を聞いているのは、何か特別な呪文を聞いているようだったし、このシチュエーションを他人に知られなくないと思った。彼氏の話をされただけで感動している自分を、人に見られたくなかった。でも本当に、何か感動してしまっていた。

彼女は多分このことを忘れているだろうし、卒業して何年も経っているのにこの瞬間を覚えている私の方がヘンな気がする。あの一時間死ぬほどドキドキして、それこそ人に告白されたときのドキドキはこんな感じだろうかとも思った。

最近Facebook経由で、そのときの彼女が結婚したことを知った。
当時私に話してくれた彼との結婚かどうかはわからないけれど、「ああ」と思った。ああ、彼女は23歳で結婚するだろうなと、すごく腑に落ちた。彼女が「地毛ですよ」と言い通していた茶色の髪を思い出したのと一緒に、あの2人だけの世界史の授業を思い出して、なんだか書きたくなってしまったっていう、それだけなのである。

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