こみねもすなるだいありー

全然何にも怖くない

恰好を付ける人 (2016.08.31)

見栄を張る男の人が割と好きだ。お金とか地位とかそういうところで張る見栄ではなくて、不安なのを隠して「俺はやれる人間です!!」と堂々としようとしている男の人(足がプルプル震えている)に心底ときめく。私が照史くんを好きな理由は、半分くらいそれかもしれない。照史くんは頼りになって、器用で、快活で、兄貴的な人間なのかもしれないけれど(そういう風に生きたいのかもしれないけれど)、私はふとした瞬間見える、照史くんの不器用だったりびっくりするくらいプライドが高いところが好きだ。ナチュラルな自分ではなくて、もっとよりよい自分に変われるよう、悪戦苦闘しているところが好きだ。

「恰好を付ける」って、すごくいい言葉だと思う。照史くんは、頑張って恰好を付ける。自分の理想の自分に近づけるよう、必死で頑張る。私はそういう照史くんを見ると泣きそうになる。ナチュラルに生きるだけでは恰好が付かない人間として生まれてきて、23年間は半分くらい「これ以上は無理」と思って過ごしてきた。でも照史くんはいつも「無理じゃない」と言う。私に「やれ」と言う。「何があっても頑張れ」と言う。照史くんは今までもずっと恰好を付けてきたし、今も恰好を付けている。そんな人を好きでいるために、私も少なからず「やる」必要があるんだろうと、漠然と思う。

そんな照史くんが、死ぬほど幸せになってくれたなら、私はこれから、頑張って恰好を付けて生きていける気がする。それを目の当たりにしたい。無理をする人がうそでしょってほどの幸福を手に入れてくれたなら、私もこれから無理をして生きていける。

照史くんが望んで行く場所ならどこでもいいから、キリキリ頑張って、自己嫌悪して、でも生き続けてほしい。アイドルでなくてもいい。俳優でも歌手でも芸能人でもなくていい。私が知るに及ばない場所に行ってしまっても、照史くんは照史くんの理想とする恰好を付け続けてほしい。

お誕生日おめでとう。