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こみねもすなるだいありー

全然何にも怖くない

BUMP OF CHICKENを教えてくれたのは兄だった

4月、なんとなく申し込んだBUMP OF CHICKENのライブチケットが、2枚当選した。CDの先行申し込み用紙を見たとき、そういえば曲はよく聞いてきたけど、ライブは行ったことないなぁと思って、なんとなく2枚で申し込んだ。何で2枚申し込んだのか覚えていないけど、私は発券して1枚余ったチケットを見て、兄に連絡を取った。「BUMPのライブのチケットあるけど、行く?」仕事を終えた兄から、夜「行く」と返事が返ってきた。
私はそのころ京都で、社会人と学生の間、なんだか不思議なふわふわした時間を過ごしていて、兄は名古屋で社会人として働いていた。2つ年上の兄は音楽が好きで、ギターを習いに音楽教室に通ったりしているらしい。私が知らないアーティストをたくさん知っていて、特に聞いてもいないのにいろいろオススメしてくる。そんな兄が、音楽に興味を持ったのって、BUMPが初めてじゃなかったっけ?と思って、誘ったのだった。

ライブ当日、兄は名古屋駅から新幹線に乗ると言うので、新大阪駅の改札で待ち合わせた。ロッテリアの前で立って待っている私に向かって、兄はのそのそ歩いてきた。社会人になっても全くあか抜けない感じが、なんだかホッとするような、残念なような。昔から素朴というか、素朴すぎるというか、そういう人だった。大阪へはあまり来ないらしいので、会場の京セラドーム大阪へは、私が案内した。
地下鉄に乗っている間、兄とぽつぽつ会話した。変わっていない変わっていないとばかり思っていたけれど、兄はやっぱり少しずつ変わっていて、前よりずっと喋るようになっていた。「饒舌になった」というより「おしゃべりが上手になった」という感じだった。前は私が9喋って1返ってくるかどうかだったけれど、地下鉄の座席に座って「仕事どう?」と聞くと「職人とかは頑固な人が多くて疲れる。俺はあんまりコミュニケーションを取るのがうまくないから、嫌われてるんじゃないかって心配。まぁどうにかするしかないけどね」みたいなことを、妙ににやにやしながら返してきた。おお、しゃべる。と思った。社会人になって、色んな人とコミュニケーションをとることが義務になって、兄も色々苦労したのかもしれない。一緒にいるとき、一度だけ仕事の電話に出た。「お疲れ様です、芦屋です」と電話に出た時の声が、聞いたことのない営業用兄だった。

ライブは、天井でもアリーナでもない、ちょうど真ん中くらいの2階席。隣で高校生の男の子たちが、ほっぺたにライブグッズのボディーシールを貼って盛り上がっていた。その日はボーカルの藤原さんが誕生日だったらしく、限定Tシャツが販売されていたようで、会場はほぼバンドのTシャツを着た人達で占められている。そんな中、私と兄は特に何も買わず、身に付けず、座席に張り付けられていた遠隔操作で光るブレスレットだけを手にはめた。

ライブはとても楽しかった。こんなに大きな会場なのに、あんまり「遠いな~」とか「見えないな~」とか思わなかった。遠くなかったし、見えた。キラキラ光る自分のブレスレットが、キラキラの海の中の一粒になっているのがすごく興奮して、バンドのメンバーよりも会場のキラキラ具合をずっと見ていた。

キラキラキラキラとキラキラを見ていると、私は京セラドーム大阪に、兄と一緒にいて、BUMP OF CHICKENのライブを見ていることに、すごく「ああ……」と思えてきた。兄が初めてBUMP OF CHICKENを知ったのは、好きなRPGゲームの主題歌を彼らがつとめたときだった。そのあと兄は、彼らの最初のアルバムをレンタルショップで借りて、一時期熱心に聞いて、私にもMDを貸してくれた。兄が音楽に興味を持つようになったのはそれからで、車でよく「アルエ」や「リトルブレイバー」を歌った。そのころの自分と兄が、ありありと思いだされた。そのころの自分たちが時間を経て、自分たちの都合で違う街へ住んでいて、それぞれ大阪へ来て、同じライブを見ているなんて、なんだか信じられなかった。あのころ、BUNMP OF CHICKENを聞いて歌っていたころ、私は22歳の自分と24歳の兄が、大阪で一緒にBUMP OF CHICKENのライブを見ているなんて1ミリも思い描いていなかった。こんなに思い描いていなかったことが起こるのだから、これからも何か、1ミリも思い描いていなかったことが起こるだろうと、キラキラの海を見ながら思った。私の好きな「ダンデライオン」をサブステージで歌っているBUMP OF CHICKEN。喋るようになった社会人の兄。2年先に生まれて私と暮らした兄。多分もう一緒に暮らすことのないだろう兄。そして私。

ライブが終わったあと、満員の地下鉄に揺られて、また新大阪駅まで戻った。新大阪駅の構内で、兄はいきなり「仕事はどうなの?」と私に聞いてきた。うまく答えられなかった。生活はうまくいっているとは言い難かった。今の自分の生活が、もうすぐ終わる予感がしていた。ひとりで満足に生産できない私が、仕事をしていると言えるんだろうか。そんな私を見て、兄はすぐに「どこでメシ食べる?」と話題を変えた。情けなかった。でも、ホッとした。人の気持ちに敏感で、人の嫌がることをなかなかできない兄だった。食事をした後、兄は新幹線に乗って、次の日の仕事のために名古屋へ帰っていった。

私はJRに乗って京都へ帰る間、まだ光っているブレスレットを見ながら、その日見たライブと兄のことを思い返していた。兄は変わったが、私はどうだ?というようなことが、ふと頭をよぎった。このままでは生きていけない。兄は自分の場所をちゃんと見つけたけれど、私は?結局どこへ行くのだろう。京都駅へ着いた頃、兄から「チケット代払うの忘れた」というメッセージが来て、なんとか笑えた。