こみねもすなるだいありー

全然何にも怖くない

「どんなに頑張って生きても、死んだら全部終わりじゃん」と「どんなに頑張って生きても、ゴジラが来たら全部終わりじゃん」

TLでワイワイ話題になっていたので気になって、先々週「シン・ゴジラ」を見てきた。一番近くの映画館では上映がなくて、免許取り立ての車で1時間半運転して、母を助手席に乗せて他市にある映画館へ行った。怪獣映画は一度も見たことがないし、監督のファンというわけでもないし、出演者のファンというわけでもない。強いて言えば石原さとみが好き……くらい。「面白いから観ると良いよ」と言われたままに座席に座った。

私はふと「人間どんなに頑張って生きても、どうしようもない事件や事故や天災に巻き込まれて死んだら全部終わりじゃん。じゃあなんで辛い思いをして頑張らなきゃいけないの?意味なくない?」と思うことが多々ある。仕事を頑張っているときや、将来のことを考えているときや、家族と話しているときによく思う。幸せも不幸も一瞬で吹っ飛んでしまうなら、毎日を積み重ねている意味ってなんだ?ただ倫理的に死ねないから、偶然死んでいないから生きているだけなんじゃないのか?と思うし、それは多分間違っていないとも思う。人間に生きる目的はあっても意味はないし、生きているのは今まで偶然死ななかったし、今死ねないから生きているっていうだけだ。

シン・ゴジラ」で超人的に仕事を全うする登場人物たちを見ていると、頭がボーッとなった。生きる意味とか死んだら全部終わりとか、そういうことを考えている人は誰もいないような雰囲気を感じた。でも、それは必死で働いている人たちから発される謎のエネルギー波動のようなもので、死の恐怖や生きる意味を探そうとする悪あがきが、覆い隠されているっていうことなんじゃないかなぁ、と、映画を見終わったトイレでふと思った。きっとみんな死ぬのは怖いし、巻き込まれたら全部終わりだって思っているけど、そういうふにゃふにゃして莫大に大きい不安ではなく、もっと確固たる姿のある、堅牢な建前に従って動いている。だから強く見える。

自分の仕事を全うする、ということは、実態がつかめない恐怖や不安から意図的に視線を逸らす、有効な手段なのかもしれない。

いつか生きていることの全部に意味がなくなるかもしれないけれど、それにピントを合わせて直視していたら、ゴジラがいない世界でも生きていけない。


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