こみねもすなるだいありー

全然何にも怖くない

自動車教習がつらいことを誰か聞いてくれ

地元は完全なる車社会であるため、車がなければ生活できない。

京都から地元へ戻って、今の職場の面接を受けた時、私が自動車の免許をもっていないことに役員一同が驚いていたくらいには車社会だ。大体の若者は、高校3年生18歳を迎えると自動車学校に通い、卒業時には過半数が普通免許を取得している。私は高校生のうちに免許を取らなかった。大学進学が決まったのが遅かった……という理由より、大きい理由が実はある。高校卒業時、絶対地元へは帰らないと決めていたから、というのが、1番の理由。こんなクソ田舎で働くかい、私は絶対5分に1本電車が来るような都市部で働いて、この先「最近車はタクシーでしか乗ってないわ〜誰か助手席に乗せてくれる男の人できないかなぁ。笑」とか言う社会人になるんや、と決意していた。

月日は流れ無事大学を卒業した私は、何故か絶対帰らないと決めた地元で働いている。あれ???

京都で働いていた会社を、色々あり5月末で辞め(この色々はまたゆくゆく書きたい)、6月から地元の会社で働くことになった。高校生〜大学生のころはぜってー帰んねーぞと思っていたが、今となっては頑なすぎたなと思う。今勤めている地元の会社は、のんびりしたローカルな雰囲気と、優しい職員の人が心地よくて、想像以上に楽しく働けている。一人暮らしをしていたころは精神グラフの上下が激しかったが、今はかなり落ち着いた。帰ってきてよかったなと思う。

だけど、そんな私の平穏な日常を、車が乱してきやがる。おいそこ走ってるおめーだよ!!最近はライトの形がにっこり笑っている車なんかを見ると、その辺にあるコンクリートブロックでにっこり顔をベコベコにしたくなる。

 

6月、働き始めると同時に、自動車学校に入校した。職場の上司から、働きながら免許を取るよう、正式にお達しがあった。仕事が終わった後、両親のどちらかが車で迎えに来てくれ、自動車学校へ行く。教習と授業を受け、送迎車(私1人なのに毎回送ってくれる)に乗り帰ると、大体9時くらい。学校が終わった後習い事へ行く中学生のような生活になってしまった。

学校に知人がいるとかで、手続きは全て父が済ませてくれていた。私は初回の授業の前、初めて自分の教習原簿を見る。一緒に授業を受ける女の子と、原簿の色が違う。よくよく見たら、1番上に「MT」の文字がある。知らないうちにミッション車の免許を取らなければならないことになっていた。後で上司に聞くと、最近の新入社員はみんなMT免許を取らせているらしいから、職場指示だった。

教官は、坊主頭で30代前半くらいに見える男性。粗雑なやさしさがある。私はまず運転の感覚をつかむため、初日はAT車にこわごわ乗った。

次回の教習から、いよいよMT車クラッチの存在意義が全くわからず1回目が終わった。これではいかんと思い、テキストを受験勉強かというほど熟読して、3回目の教習に臨んだ。教官はたまにため息をついたり頭を抱えたりしながら、すごく辛抱強く私に運転を教えてくれた。

 

ただ、私は気付く。私はどうやら、比較的車の運転に向いていないらしい。

今までも、複数の物事を同時にこなすことが苦手だと感じたことは多々あった。足でクラッチブレーキアクセルを操作しつつ、スピードや発車に合わせてギアを入れかえ、操作を誤らぬよう、カーブや角に合わせて必要なだけハンドルを切り、車体を左寄りに保ちつつ、周りの状況を把握する。いくつのことを同時にやっているのかもはやわからなくなり、今自分がクラッチを踏んでいるのか戻しているのかわからなくなることも多々あった。車体がふらつき、左走行を意識しすぎるあまり線を踏む。ウインカーが切れたのに気付かない。ハンドルを切りすぎ脱輪。発車時のギアチェンジを忘れセカンドで発車。アクセルが弱すぎて発車でエンスト。つらい。今書いているだけでつらい。やらなければならないことを考え、書き出したり口に出したりすることはできるものの、運転中それを高い精度でこなせない。常に半分泣きながら教習車に乗り、降りた後は足がガクガクになる。教官はそれでも、「ここはできてる、落ち着いてやればできるから」と、親身に教えてくれた。規定の授業数を超え、補修を数時間行った後、見きわめがあり、私は仮免許の試験を受けることになった。

こんなに落ちる予感しかしない試験は生まれて初めてだった。でも受けないと、教習が先に進まない。進まないと、いつまでも免許が取れない。いつまでも職場まで父母に送り迎えしてもらうわけにもいかない。何より、既に安くない教習費用を払ってしまっている。とにかく学科試験は綿密に勉強したが、実技は全くできる気がしなかった。それでも、受けるしかあるまい。先生に何度も「落ち着くんよ」と励まされつつ、私は仮免許の試験を受けた。

結果から言う。落ちた。不合格だった。

交差点で停車したあと、発車時にアクセルが弱くてエンストした。すぐエンジンをかけ直したが、頭が真っ白で、直後の左折でハンドルを切りすぎた。溝にタイヤが脱輪し、そのまま無理やり発車してしまった。試験官が手元でピッと「脱輪大」の減点をするのを、私は絶望しつつ見た。

不合格になったことを教官に伝えるとき、本当に情けないけど、小学生のように泣いてしまった。情けなかった。できないことが。教官は「焦ったんよね。脱輪がなければ通ってたなぁ」と、絶対一生受かりません、もう無理だからやめますと卑屈になる私をなぐさめた。頑張ろうやと言われ、とりあえずその日は帰った。疲れ果てていた。

 

私が車の運転を辛く感じるのは、色んな理由がある。いろいろある中、1番大きいのが「自分の失敗が他人の大きな不利益を生み出す」という点だと思う。

私が教習所の中でぐるぐると回っているだけなら、事故は起こらない。助手席にあるブレーキを教官が踏み、事故を防いでくれる。でも、私が仮免許に合格して、路上に出たら?私が免許を取得して、1人で運転するようになったら?私の車がふらついたり、ふいに中央線に寄ってしまったりしたことがきっかけで事故が起こってしまうかもしれない。私が失敗して、うっかりしてしまったことで、他の人の人生が終わってしまうかもしれない。今教習所の中でできないことで、他の人が死んでしまうと思うと、運転しながらいつも泣きたくなる。一生そんなリスクを背負って、運転しつづけねば、田舎では生きていけないのか?そんなの無理だやめよう、と思う。耐えられないと思う。私は不注意でぼーっとしていて、同時に色んなことができない、それは「ある程度」という段階までしか矯正できないというのに!

もっとリラックスしてと言われても、そういう思いが私を支配して、いつも泣きそうだ。みんなビュンビュンと車で走っていて、リスクを背負っていて、自分がそこで運転できるようになるとは思えない。今の時点では。

もし私が免許を取得できて、毎日車で通勤するようになれば、そんな恐怖心もすぐ忘れてしまうのかもしれない。慣れで運転するようになって、怖いとも思わなくなるのかもしれない。それが1番怖くつらい。まだ来ない未来に絶望する。

 

怖くてつらくて絶望しても、とにかく免許は取らねばならない。毎朝運転しなければ1人で職場へ行けない。免許取得を約束して雇ってもらった立場である。それに、教官の時間もかなり食いつぶしてしまった。今諦めたら、やっぱり、申し訳がない。

気持ちを書いたら、少し気が晴れたのでよかった。ここで生きるために、やっぱり必要な免許なのである。車に乗れねばどこにも行けない。どうしようもない。イヤダコワイと言いながらも、来週からまた運転を習いに行く。私が免許を取れたらお祝いしてください。マジで。祈祷もしてください。無事故の祈祷。乗らなければならないのなら、多少トロくても、一生安全運転を貫きたい。最近のつらい話でした。