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こみねもすなるだいありー

全然何にも怖くない

あなたを応援していいんだろうかと思って

ツアーの初日とオールラストをどっちも見たのは初めてだった。
最初から最後まで追いかけた感じがあった。いろんな場所でコンサートを見たし、オーラスの終演後はしばらく座席に座って、一緒に公演を見た女の子とぽつりぽつりと語り合うという状態になってしまった。

ジャニーズWESTは、独特な世界観があるというよりも、キラキラとラメをまとったアイドルというよりも、コミカルで元気がでる、落ち込んでいるときに見て聞いたらそれがばかばかしくなってしまうようなアイドルだ。いやもちろんカッコイイから好きなのだけど、それは大前提なのだけど、そういうイメージを頑張って作っているように見える。別にそんなことしなくてもいいのにコンサート中にはゲームコーナーを作ってケガしそうになったり、別にそんなことしなくてもカッコイイだけで十分なのに面白いことを頑張ってみたりする。事務所からそういう風にやんなさいって言われてるんだろうか。本人たちの希望も多少なりともある気がする。おれらはこういうキャラやからこういうこともがんばらなあかんという。

ファンは勝手なことばかり言う。私も含め。もっとカッコよくやってほしいとか、もっと面白いことやってほしいとか。ファンサービスがほしい、なんで近くまで来て私のうちわ見えてたはずなのに無視したの。今日の髪型ブサイクすぎる。太ったよね。あの発言ほんと萎えた。古くからのファンを軽視してる。私たちの気持ちをなんだと思ってるんだろう。私は○○年も追いかけてきたのに。古くからのファンしかわからないことを言わないでほしい、やらないでほしい。新規のファンの気持ちも考えて。かっこいい、かっこ悪い。良い、悪い。好き、嫌い。いつもステージというまな板の上に載せられて、言葉や態度の包丁でさばかれる。

ファンはそれが楽しいんだと思う。私も含め。人の美しさを、完成度を、生き方を、評価する。こちらがお金を出して見に行っているという絶対的な立場をもって、彼らを「見に行く」。

アイドルはどうしてそれに耐えられるんだろうか?という、単純な疑問がぽっかりと胸に浮かんでいる。

自分がこう思う、こう生きたい、こうなりたいという気持ちも持ち続けなければならない。それがなくなったら全部が崩れ始める。一人の人間としての希望や価値観を持ち続けなければ生きていけない。でもそれを尋ねられて、こう思うと口に出したとき、「YES」「NO」、「LIKE」「DISLIKE」がぽんぽんぽんと勝手に打ち返されてくる。そういう仕事なんだからしょうがない、それでお金もらってるんだから、という言説はあんまり聞きたくない。そういうことじゃない、私が言いたいのはそうじゃない。

どうして彼らはそれに耐えられるんだろう?自分の生き方に、お金を出して「応援する」というスタンスをとった大きな概念が向かい合っていて、どうしてそれに向き合っていられるんだろう?

向き合った概念が全員「YES」「LIKE」と言うことはない。だけど、比較的それらの反応が多いであろうという方向へ手探りで向かって行くことは、とても怖いことなんじゃないだろうか。楽しかった?と尋ねて、誰かが楽しかった、と返してくれることが、彼らにとってどれくらいの救いになるんだろう。

どこへ舵をきっても傷がつくのに、それなのに「みんなの楽しい、元気が出た、という気持ちのために頑張る」といえるなんて、いったい、どういうことなんだろう。辛いことがあってもまたここへ来て、歌って踊って、バカなことを言って笑おう、笑わせてあげる、と、どうして言えるんだろう。どうやってバランスをとっているんだろう。どうやって波に飲み込まれずいられるんだろう。

アイドルとして生きることと、人として自由に生きることは、多分両立しがたいことなんだと思う。私がお金を出してコンサートへ行ったり、CDを買ったりすることは、アイドルとして生きることの手助けにはなるかもしれないけど、自由に生きることの手助けにはならない気がする。そういう生き方を選んだ人を、がんばれ、と応援するためには、アイドルとしての生き方を応援するしか方法はない。彼を見続けていたいならそれしかない。でも、私が応援したいのは、アイドルとしての生き方ではなくて、人として自由に生きることなんじゃないだろうかとか、少し思ってしまった。だからなんか、コンサート中なのに泣いた。嬉しいとか、楽しいとかじゃなくて、ごめんね、ごめんねという気持ちで泣けた。なんでだろう。楽しかったはずなのに。

「ファン」っていうマントを着た大きな大きな大きな概念が目の前にいて、ひとつずつ選択をしていって、それが成功だったか失敗だったかのアンサーはない。100%正解の選択はないし、100%失敗の選択もない。私たちの人生だってそうだけど、でも、目の前にマントを着た大きな概念はない。

これからもずっと頑張り続けてくれるんだろうか。私は、好きな人が「もうやめます」「やめたい」と言ったとき、それを「そうした方がいい」って言えるんだろうか。「もっと頑張る」「ついてきて、応援して」って言ったとき、地球の果てまでも心を飛ばして応援することができるんだろうか。何をするときも、「YES」「LIKE」の札を挙げ続けていたい。それは嫌いになりたくないとかそういうことではなくて、生き方を、できるかぎり、楽にしたいからだ。好きな人の生き方を。

なんか何を言っているのかだんだんわからなくなってきた。ツアーは本当に楽しかったんです。楽しかったのは本当です。幸せはいつもスペシャルで、照史くんはいつもかっこいい。