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こみねもすなるだいありー

全然何にも怖くない

正しき者を入れたもう -MORSE 東京グローブ座公演を見て-

ジャニーズ 作品レポート 自分の考え

小瀧望くん主演「MORSE」の、11月29日の東京グローブ座公演を見てきました。感想、見ていて考えたことをつづっています。ネタバレしていますので、未観賞の方、他の意見について敏感な方は、画像の後の文章を読まれないようにお願いいたします。


http://www.flickr.com/photos/69177455@N03/8406310348
photo by Lorenzoclick












正しい人を、正しいものを

舞台を観賞し終わったあと、私はバスに揺られながら、色んなことを考えました。人を愛するとはどういうことなのか。ホーカンの最期は幸せなものだったのか。オスカーは、ホーカンのようになってしまうのではないか。一人で考えていると、押しつぶされそうでした。

パンフレットを読んで、物語の原題が「LET THE RIGHT ONE IN」、「正しき者を入れたもう」であることを知りました。それを知ったとき、私は東京から帰ってきた一人の部屋で脱力して、また泣きました。舞台のあと、一人でオスカーとエリ、そのほかの人たちについて考えていた時間が、また粉々に砕かれてしまったのを感じました。

オスカーやホーカンにとって、エリが正しかったという、ただそれだけのことだったのです。愛すとか、愛さないとかではなく、エリは彼らにとって正しかった。

私も、そして世界中の人たちも、正しさを選びながら生きています。自分が正しいと思うことを選んで、心の扉を開けて、それらを招き入れて生きています。それが正義です。オスカーやホーカン、そして過去にエリのためにはたらいたたくさんの人間たちは、エリを「正しき者」だと思って、「入っていいよ」と、扉を開けたのです。それのどこにも、悲劇的な要素はありません。だって自分で選んだんだから。だったら、どうして私は物語を見ながら泣いたんでしょうか。つらくて見ていられないと思ったのでしょうか。

それはきっと、正しさをまっすぐに招き入れるオスカーや、過去、きっとオスカーと同じようにエリを招き入れたであろうホーカンのことが、怖かったからです。自分の人生をなげうってでも守りたい正しさがあるということを、私は知りません。正しいと信じる何かのために他の何かを壊せる、人を殺せる、人にナイフを向けられる、その気持ちが、私には全くわからないのです。いつか知るのかもしれません。「まだ」わからないと言うべきかもしれません。けれど少なくとも今の私にとっては、エリのために殺人を犯し、自分の顔を焼いて死んだホーカンのことがとても怖かった。エリと共に生きることを決めたオスカーのことも、同じように怖かった。そして世界中には、同じように、私が招き入れない、「入っちゃだめ」と言うものに対して、「入っていいよ」と言いたい人がいるのです。それがとても怖い。

でも、きっと人を救うことができるのは、この正義だけなのです。正義だけが、人を救うことができるのです。ホーカンもオスカーも、エリを招き入れなければ救われなかった。怖いとも思うけれど、そうとも思います。この物語は、ホーカン、オスカーを救済するための物語で、永遠に救済されることのないエリが、招き入れられる一瞬の光を求めるための物語なのではないかなと思いました。

「約束して」

私はエリの「約束して」からの、一連のセリフが大好きです。「オスカー、約束して。窓を開けて、正しい世界で生きるの」。きっとこのとき、エリはオスカーが自分から離れ、違う道で生きていくことを望んでいたのではないかと思います。心からそう思っていたのではないかと思います。オスカーの持っていたナイフを汚させることも、エリはおそらく望んでいません。エリの「正しい世界で生きることを約束して」というセリフは、気持ちは、私がオスカーを演じる小瀧くんに対して思っていることと同じことでした。だから、私はこのセリフが好きなのかもしれません。小瀧くんとオスカーへの気持ちが同時にクロスする瞬間でした。

小瀧くんも、オスカーと同じように、正しい者を招き入れて生きてほしい。小瀧くんが「入ってもいいよ」と言いたいものを大事にしてほしい。

小瀧くんの屈託のない笑顔に、振る舞いに、時々救われます。救われるということは、私が小瀧くんのことを「正しい」と感じて、招き入れているということです。だから小瀧くんも同じくらい、それ以上、たくさんの「正しい」を招き入れて、救われながら生きてほしいなと思いました。そしてそれを約束してほしい、と思いました。

「小瀧くん」だ。よかった。

本編中、小瀧くんを「小瀧くんだ」とは全く思えませんでした。12歳のおどおどした、オスカーというスウェーデンの少年にしか見えませんでした。だから私は本編中とても怖かった。けれど本編後、カーテンコールで明るい照明の中拍手を浴びているのは、まぎれもなく小瀧くんでした。あーよかった、小瀧くんがいた、小瀧くんがちゃんといる、と私は安心して、また泣きました。やけどしそうに冷たい「正さ」を描く舞台の後、いつもの「よっ」って感じの小瀧くんがひょっこり現れて「ありがとー、バイバイ!」と手を振ってくれる。なんて言えばいいのかよくわからないんですが、語弊をうみそうな言い方かもしれないんですが、小瀧くんがオスカーじゃなくてよかった、と思うのです。本当に安心して、本当によかったと思うのです。



色々考えましたし、今も色々考えていますが、少し無理してでもこの舞台を見に行ってよかったなと思います。大阪でもう一公演鑑賞させていただく予定なので、それまでに「ここは見たい」という点をはっきりさせて、今度はもう少し能動的に観賞したいなと思います。余談ですが、ポストカードの小瀧くんがとてもかっこよかったので、とてもお気に入りです。へへ。