こみねもすなるだいありー

全然何にも怖くない

命は美しくない (Documentary of 乃木坂46 悲しみの忘れ方) 

 

「アイドルになるということは、果たして幸せなことなのか」ということは、私がずっと考えてきたことだった。

 

生まれた時からアイドル、という人はいない。みんな普通の人間として生まれて、何かしらのきっかけがあって初めてアイドルになる。そのきっかけが自発的だった人もいるし、そうでなかった人もいる。誰かがそれを望まなければ、人はアイドルになれないけれど、果たしてアイドルになったあと、人は幸せなのだろうか?私はあまりそうは思えなかった。ずっと。アイドルにならなかったら、と、そんなことばかり考えてしまう。

 

映画で取り上げられた中心メンバーたちは、それぞれ別の何かに追われ、逃げ、結果としてグループにたどり着き、アイドルとしての自分を得た女の子が多い。そうでない(ように見える)子もいるが、そう見える子が多い。


アイドルになれば変われると、誰もが思っている。彼女たち自身、そして彼女たちをアイドルにしようとした人たちは、みんなそう思っているように感じた。

プリンシパル公演のオーディション場面で、みんな口々に「変わりたい」「変わります」と言う。みんな変わりたい。アイドルになることで変わりたい。違う自分になりたい。それはものすごく悲痛な叫びだった。彼女たちは逃げてきたのだ。変われなければ、逃げ込んできたグループという場所からも逃げることになる。それは嫌だ。踏みとどまりたい。変わりたい。変わらなくちゃ。必死だ。アイドルとして生きること、というより、人間として生きることに必死になっていた。

 

みんなてんでばらばらに自分を研ぐから、切っ先を向け合ってしまう。変わりたいと思わなければ、何とも思わなかっただろう言葉や態度に傷つく。お互いを言葉で責めて、めちゃくちゃに泣く。傷つけあって泣いている彼女たちは、小さい子供のようだった。みんなここに来て、子供にかえっているのかもしれないと思った。今までできなかった分、学べなかった分、生まれ変わろうとして子供にかえっている。そんな気がした。頭が大人な分、それはとても辛そうだった。ちぐはぐな何かを抱えて、行方を失っているように見えた。

 

嫉妬もあったし、挫折も、諦めも、打算もあった。それらに翻弄される彼女らの姿を「美しい」と感じる人は多いだろうし、それこそが命のきらめきであるという人も多いと思う。でも、私はそれを「美しい」と言ってはいけない気がした。美しくないと、言い切らないといけない気がした。彼女たちの、今まで感じたことのない心の動きや辛さに、「美しい」という価値をつけてはならない気がした。命は美しくない。命が美しくないことを、彼女たちは知って、そこからどこかへ行かなければならない。

彼女たちは、完璧な心のシェルターから出てきた。頑丈に作り上げて、すべてを跳ね返すようにぴかぴかに磨いた楽園を、自分でこわして、友達にこわされて、「美しくない」彼女たちは、「美しくない」世界に引きずり出された。お披露目ステージで観客を前に、ふるえ、泣きながら自己紹介と決意表明をする生駒里奈さんを見て、そう思った。彼女はあのとき、生まれたんだと思った。ほかの女の子たちも、みんなそうだと思った。

そして彼女たちは生きていけるんだと思った。生きることを決心しなければ生きていけない「アイドル」という舞台で、生きると決心したのなら、もうこの世界のどこででも生きていける。

 

「アイドルになんてならないでほしかった」と、彼女たちの親しい人たちは、大事な人たちは、もしかしたら少しだけ思っているかもしれない。西野七瀬さんのお母様は「また一緒に暮らしたい」と言い、白石麻衣さんのお母様は「娘のことがどんどんわからなくなっていく」と言う。その言葉の中には、「もしこうじゃなかったら」という気持ちが、少なからず感じ取れる。そうでなかった、IFの世界に対する気持ち。もし普通の女の子のままだったら。もしあのままずっとそばにいたら。もし何か違うきっかけで、違うふうに彼女らが変わっていたら。

けれど、彼女たちは、きっとアイドルになって幸せなのだと、私は思う。
彼女たちはまさに「生まれ変わった」のだから。頑丈な殻を無理やり壊して、壊されて、彼女たちはやっと世界に生まれることができたのだから。それはきっと友達や、親や、恋人にはできないことだ。乃木坂46という場所へ来なければ、こんな風に壊せはしなかった。来なければ、ふるえながら自分と戦うということがどんなに怖いか、人がどんなに怖く、そしてあたたかいか、自分がどんなに強いか、まざまざと、衝撃を伴って知ることはなかったと思う。

その結果生まれ変わった場所が美しくなくても、自分の命が「美しく」なくても、彼女たちは生きている。少しずつ変わって、少しずつ優しくなって、磨かれて、人間として生きている。それはすごく尊い光景だった。

 

生きることは、命は、美しくないけれど尊い。「命は美しい」と歌う彼女たちが、少しでもそれに気づかず生きてほしい、という気もする。けれど、彼女たちが幸せだと思ってくれさえすれば、きっとそれでいい。美しくても、美しくなくても、幸せならいい。

 


7月10日(金)公開『悲しみの忘れ方 Documentary of 乃木坂46』本予告/公 ...