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こみねもすなるだいありー

全然何にも怖くない

藤井流星くんによせて

ちがう星から来たのだと、彼はこともなげにつぶやいた。

だれもいない7両目。左右の車両を伺っても、人の気配はしない。銀河鉄道の夜。蛍光マーカーで目を弾くよう染め上げられた文庫を、わたしはさっき車窓から落としてしまった。
それを見て、笑ったのが、彼。

どこへ行くかもわからないまま揺られている。目の前の彼の目は爛々としている。青い血が流れているのか、うっすらとうすあおく発光してもいる。わたしはただの人間だ。ポケットの中には、黄色く光る蛍光マーカーだけ。本気で宇宙を渡り終えることなどできない。きっともう何駅かで、超新星に巻き込まれて消える。

彼はわたしの顔を見て、またにこりとした。

どこへ行くんですか。ひとりで。わたしは言う。ちがう星や。君が行きたい星まで。彼は答える。

向こうへ見えてきた星は、なんだか白っぽく氷って見える。あの星はいやだ。許されるならもっとやわらかい、あたたかい星で消えたい。車両の扉は開いたけど、降りないことにする。
彼も降りなかった。どうやらほんとうに、わたしと来るつもりらしい。



わたし、ひとりが好きなんです。ひとりで生まれることができたのも幸運だったし、ひとりでこどもを産めたのも幸運だった。ひとりの幸せは、重たくない。噛むとやわらかい、南国の果実の味がする。あなたは?ひとりはしあわせ?あなたの孤独はどんな味がしますか?……ところで、コートは?そんな格好で、寒くはないの?


銀河鉄道に乗るのって、コツが要るやろ。ためらってると事故するし、よそ見してると怪我する。やからおれ、ずっと乗ってよ、思って。ずっと乗ってたら、重たい荷物もいらんやろ。どこへでも行けるし、どこにも行かれへん。しあわせかな。孤独はねぇ、星の味。この辺の星、きみは好きかもね。コートは、いらんねん。寒くないし、暑くもないから。




永遠のふれあいだった。ことばで頬をくすぐりあう。一瞬がふくれあがって、はじける寸前でどこかへ去る。そのくりかえしだった。嫌いなふたりきりだった。だけど嫌ではなかった。


星雲の向こうに、星影が見えた。
いくつ星を通りすぎたかは、もう覚えていなかった。電工掲示板に、星の名前が浮かぶ。知らない名前。でも、この星にしようと決めた。
立ち上がる。自然な動きで彼も立ち上がった。お礼を言いたい。ことばを忘れてしまった。ぽろぽろとわたしを構成するチップがこぼれていく。さわれない。

涙がでる。なぜだかわからない。

降車口に立つ。
後ろから抱きすくめられるのははじめてだった。あたたかくもつめたくもない体温と、物質感。燃えて崩れる灰のように、いちばん小さい単位へと還る。腕のなかで。額に感じる圧は、たぶんうまれかわりの予感だ。

彼は後ろから腕を回して、わたしのポケットをさぐる。蛍光マーカーを取り出して、目の前にかざした。

こわい?たずねられる。星に髪をぬらして、それをかきあげながら、彼はわたしたちの目の前に一本の線を引く。そこがわたしの還る地平線だ。揺るがない、もう迷わない、永遠の消失だ。彼が与えてくれた。


彼はいくつもの「あなた」だ。ひとりで産まれ、ひとりで産んだわたしの、いつも欠けていたもうひとりだ。何もかもを越えて現れてくれた。消失の目前で。会いたかった。会えるならいつどうなってもよかった。会えたから、消えなければならないのだ。


「名前は?」


「わたし」が消えていく。彼はやさしく背中を押した。そこらじゅうに、甘い果実の香りがちらばる。かろうじてかたちを保ったまま、わたしは星へ向かって浮遊する。ふりむくと、いくつものモンタージュの中、ひときわ目を射る光が流れた。


答えは聞こえない。いくつものあなた。その中に彼はいる。


蛍光マーカーの地平線。わたしの最後のひとつぶが還っていくまで、あなたはわらっていたんだろうか。