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こみねもすなるだいありー

全然何にも怖くない

部品になりたい

仕事を始めて4か月とちょっとが過ぎて、季節が変わった。暑い暑いと思いながら仕事に行っていたのに、今は寒い寒いと思いながら仕事に行っている。

今までの人生で、ずっと「私はこんな仕事はしないだろうなぁ、向いてないだろうなぁ」と思っていた仕事を、今している。特に激しい拒否反応があったわけでもなく、毎日仕事に行くと1日がすごく早く過ぎる。少人数の職場で、父親や母親世代の人と同年代の人がバランスよく働いていて、その全員が同じようなテンションで仕事に臨んでいるのが、落ち着いて働けているポイントかなと思う。知識が足りないので勉強していると、すごく褒められる。それが単純に嬉しい。もっとこの人達のためになりたいと思う。

業務はものすごく手探りで、1日何度も上司や先輩に相談をする。こういうときこうしてもいいですか?こういう件なんですけど、私が対応してもいいですか?これでよかったんでしょうか?やってしまった後で「こうすればもっとよかったのに。今なら普通に思いつくことなのに、なんであの時思いつかなかったんだろう」と落ち込むことが多い。自分の気の回らなさにガーンとなって、あーあとなる。

お客さんに口頭で何かを説明するときも、常に必死で喋っている感じが強い。お客さんに引かれていないか、自分だけが先走っていないか、冷静に考えつつ話をすすめていくのは難しい。どうしたら伝わるかな?と一生懸命考えてはいるけれど、一生懸命なだけでは多分だめだろう。

でもこの間、以前私が対応したお客さんに「あなたがこの間一生懸命話してくれたから、だから決めたのよ」と笑ってもらった。

一生懸命が1番だとは思わないし、業務を完璧にこなすけれど一生懸命じゃない人と、ミスをするけれど一生懸命な人では、私だったら前者の方がいいかなと思う。でも、今は一生懸命しかない。頑張っていますすいません、一生懸命のみです、と顔に張り付けていく。お客さんが笑ってくれて、私はすごく嬉しかった。誰かが、他人が何かを決めるとき、私がその中の部品になっていた。

何かの中にある部品になりたい。「社会の歯車にはなりたくない」というフレーズがあって、私もそんな風に思っていたことがあったけれど、今は「何かの部品になりたい」と思う。別に歯車じゃなくていいし、ネジでもちょうつがいでも、何でもいい。何かの一部の部品として機能したい。その部品としての役割をまっとうできる、ここにこの部品をあてがおう、ちょうどいいから、と選んでもらえる何かになりたい。

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最近の応援スタンスについて

cori0922kw.hatenablog.jp

ちょっと前に拝見して、みなさんが熱く「私はこれがどうしても譲れねぇ!!」というテンションで語っているのがいいなぁと思ったので、私も最近を振り返りつつ書いてみたいと思います。(⌒∇⌒)


◎ 担当:桐山照史くん(ジャニーズWEST

ほどよく脂ののった時期が来るのを年中待ち構えています。絞ってる時期も好きです♡
ジャニーズWEST関連はTwitterのタイムラインで入ってきた情報を頼りに追ってる感じ、他の既デビューグループの話題にはあまりついていけていない……。




○ 雑誌を買う基準

最近雑誌を買うのを止めてしまいました。前は絶対5誌は買って、他紙媒体もインタビューかグラビアが好みなら買っていたのですが、アイドル雑誌は今全然買ってません。
こないだのananとテレガイパーソンはとっても素敵だったので買ったのですが、ある程度「これは!!!!」みたいなテンションにならないと買えない。
単純に自由に使えるお金を他の部分に割くことが増えたので、削れるところを削ろうと思って紙媒体全部を削った感じです。

○ CDを買う基準

全形態できれば予約して買う。今までも全形態買っていたのですが、引っ越しを機にCDを全て手放してしまいました……。今は「人生は素晴らしい」3形態のみが家にあります。
特典ディスクのわちゃわちゃとかが好きでよく見返したくなる。
他グループのCDも、気になったものは通常版をたまに買います。

○ 映像作品を買う基準

コンサート映像作品はCDと同じく予約して買います。ただDVD+BDはお財布に痛すぎるので、BD初回盤のみ。本当はDVDも買って車で流したりしたいんですけど、そのとき余裕があれば考える感じです。
出演したドラマのDVDボックスは買わないです。多分「ドラマを観る」という行為が苦手で、メイキングしか見なくなるのがわかっているので、メイキングだけ売ってくんないかなとか不埒なことを考えています。

○ 現場に行く基準

関西に住んでいた頃はほんとに手あたり次第いろんな現場に行ってました!お友達にお誘いいただいたりしたら、他グループのコンサートや舞台にも。
劇場とかホール、アリーナ、ドームの会場の雰囲気が大好きで、あの匂いとか空気感を楽しみたい。
今後はなかなか現場に頻繁に行くことが難しいと思いますが、自グループのコンサートにはなるべく行きたい。一度は。ツアーなら福岡とか広島とかに一度は行けたらいいなって感じです。
自担の舞台があったら、多分大阪でも東京でも頑張っていくんじゃないかな。

○ 遠征する基準

(1)お金に余裕がある
(2)日程に余裕がある
(3)初日・オーラス

お財布に余裕があって、土日公演で、初日かオーラスだったら、どんなに疲れてても這って新幹線乗っていくと思います。笑
初日かオーラスは、なるべく行ければいいなぁくらいなので、あんまり重要ではないかも。初日オーラスが平日だったりしたらもうこの基準も\(^o^)/オワタ

○ グッズを買う基準

フォトセットと、うちわと、ペンライトは買います。フォトセットはなんかお布施感覚で……。うちわは、うちわ作りの技術が低いので、顔うちわを持つことで「お前のファンだよ!!」とアピールしたい。
ペンライトはやっぱり振ったら楽しいし、会場をなるべくキラキラで埋め尽くしたいので。キラキラの一部になりたい。
今まで色々買ってきたんですが、パンフレットさえ買って開かないことが8割なので、もう買わないぞと思っています。この決意を揺らがすくらいのグッズ待ってる……(´;ω;`)

○ ジャニショで写真を買う基準

ジャニショ=遠征なので、だいぶテンションが上がって散財してしまう。
自担じゃない写真もガンガン買う、素っぽい表情に弱いのかな……なんか気の抜けた顔とか。
自担はちょっとロリっぽい(27歳の男性に使う言葉じゃないのはわかっている)表情とかポージングだとホイホイ買っちゃう。
桐山照史くんをセットで~とかはしない、写真は一回買ったらあんまり見返さないから、これももっと自制するべきだと思っています><



最近自分が「連ドラを毎週見られない」「毎週同じ番組をチェックし続けられない」っていう適当すぎる人間だと気づき全てを頑張れなくなり、めちゃくちゃゆるいオタクになりました。もうそれはそれでいいか……と思った。実は「HOPE」も「あさが来た」もほとんど見ませんでした。ヒルナンデスもほぼ見てない。たまに見る。
なぜか「少年倶楽部」だけは毎週見られる(あのダイジェスト感がいいのかもしれない)ので、少クラだけは毎回録画してチェックしています。大体録画して週末に見ることが多い。司会頑張ってる照史くんカッコイイヨ。

テーマ:中島健人のプチ短歌集を作った


セブンイレブンネットプリントで、印刷してくださった人に製本もしてもらう感じでプチ短歌集を作ったら楽しいかなと思って手書きしてデータ作ったまではいいんですけど、何回やってもネットプリントのシステムにはじかれるのが悲しくて、ブログに載せることにしました。


画像の1枚目と2枚目を両面印刷、画像の3枚目と4枚目を両面印刷……~~画像の7枚目と8枚目を両面印刷、という感じにプリントアウトして、画像の7枚目と8枚目を両面印刷したページが一番下になるよう重ね、ホッチキスで中綴じ製本していただくと多分完成します。だいぶ適当に作ったので、ちょっとがたつきとかレイアウトの崩れが目立つと思いますが……。ちなみに完成すると右開きの小冊子になります。

中綴じ製本の仕方は、こちらのページ等を参考にしていただくとわかりやすいのではないかと思います。

コピー本の作り方/こだわりの一品 〜ガシャンと一発、サックリ感〜 - Terrestrial Garden

めんどくさかったら眺めてちょっと楽しんでいただけたりしたら嬉しいです。過去の「ラブホリ短歌」からの作品が多いですが、何首か新しく詠みました。


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恰好を付ける人 (2016.08.31)

見栄を張る男の人が割と好きだ。お金とか地位とかそういうところで張る見栄ではなくて、不安なのを隠して「俺はやれる人間です!!」と堂々としようとしている男の人(足がプルプル震えている)に心底ときめく。私が照史くんを好きな理由は、半分くらいそれかもしれない。照史くんは頼りになって、器用で、快活で、兄貴的な人間なのかもしれないけれど(そういう風に生きたいのかもしれないけれど)、私はふとした瞬間見える、照史くんの不器用だったりびっくりするくらいプライドが高いところが好きだ。ナチュラルな自分ではなくて、もっとよりよい自分に変われるよう、悪戦苦闘しているところが好きだ。

「恰好を付ける」って、すごくいい言葉だと思う。照史くんは、頑張って恰好を付ける。自分の理想の自分に近づけるよう、必死で頑張る。私はそういう照史くんを見ると泣きそうになる。ナチュラルに生きるだけでは恰好が付かない人間として生まれてきて、23年間は半分くらい「これ以上は無理」と思って過ごしてきた。でも照史くんはいつも「無理じゃない」と言う。私に「やれ」と言う。「何があっても頑張れ」と言う。照史くんは今までもずっと恰好を付けてきたし、今も恰好を付けている。そんな人を好きでいるために、私も少なからず「やる」必要があるんだろうと、漠然と思う。

そんな照史くんが、死ぬほど幸せになってくれたなら、私はこれから、頑張って恰好を付けて生きていける気がする。それを目の当たりにしたい。無理をする人がうそでしょってほどの幸福を手に入れてくれたなら、私もこれから無理をして生きていける。

照史くんが望んで行く場所ならどこでもいいから、キリキリ頑張って、自己嫌悪して、でも生き続けてほしい。アイドルでなくてもいい。俳優でも歌手でも芸能人でもなくていい。私が知るに及ばない場所に行ってしまっても、照史くんは照史くんの理想とする恰好を付け続けてほしい。

お誕生日おめでとう。

BUMP OF CHICKENを教えてくれたのは兄だった

4月、なんとなく申し込んだBUMP OF CHICKENのライブチケットが、2枚当選した。CDの先行申し込み用紙を見たとき、そういえば曲はよく聞いてきたけど、ライブは行ったことないなぁと思って、なんとなく2枚で申し込んだ。何で2枚申し込んだのか覚えていないけど、私は発券して1枚余ったチケットを見て、兄に連絡を取った。「BUMPのライブのチケットあるけど、行く?」仕事を終えた兄から、夜「行く」と返事が返ってきた。
私はそのころ京都で、社会人と学生の間、なんだか不思議なふわふわした時間を過ごしていて、兄は名古屋で社会人として働いていた。2つ年上の兄は音楽が好きで、ギターを習いに音楽教室に通ったりしているらしい。私が知らないアーティストをたくさん知っていて、特に聞いてもいないのにいろいろオススメしてくる。そんな兄が、音楽に興味を持ったのって、BUMPが初めてじゃなかったっけ?と思って、誘ったのだった。

ライブ当日、兄は名古屋駅から新幹線に乗ると言うので、新大阪駅の改札で待ち合わせた。ロッテリアの前で立って待っている私に向かって、兄はのそのそ歩いてきた。社会人になっても全くあか抜けない感じが、なんだかホッとするような、残念なような。昔から素朴というか、素朴すぎるというか、そういう人だった。大阪へはあまり来ないらしいので、会場の京セラドーム大阪へは、私が案内した。
地下鉄に乗っている間、兄とぽつぽつ会話した。変わっていない変わっていないとばかり思っていたけれど、兄はやっぱり少しずつ変わっていて、前よりずっと喋るようになっていた。「饒舌になった」というより「おしゃべりが上手になった」という感じだった。前は私が9喋って1返ってくるかどうかだったけれど、地下鉄の座席に座って「仕事どう?」と聞くと「職人とかは頑固な人が多くて疲れる。俺はあんまりコミュニケーションを取るのがうまくないから、嫌われてるんじゃないかって心配。まぁどうにかするしかないけどね」みたいなことを、妙ににやにやしながら返してきた。おお、しゃべる。と思った。社会人になって、色んな人とコミュニケーションをとることが義務になって、兄も色々苦労したのかもしれない。一緒にいるとき、一度だけ仕事の電話に出た。「お疲れ様です、芦屋です」と電話に出た時の声が、聞いたことのない営業用兄だった。

ライブは、天井でもアリーナでもない、ちょうど真ん中くらいの2階席。隣で高校生の男の子たちが、ほっぺたにライブグッズのボディーシールを貼って盛り上がっていた。その日はボーカルの藤原さんが誕生日だったらしく、限定Tシャツが販売されていたようで、会場はほぼバンドのTシャツを着た人達で占められている。そんな中、私と兄は特に何も買わず、身に付けず、座席に張り付けられていた遠隔操作で光るブレスレットだけを手にはめた。

ライブはとても楽しかった。こんなに大きな会場なのに、あんまり「遠いな~」とか「見えないな~」とか思わなかった。遠くなかったし、見えた。キラキラ光る自分のブレスレットが、キラキラの海の中の一粒になっているのがすごく興奮して、バンドのメンバーよりも会場のキラキラ具合をずっと見ていた。

キラキラキラキラとキラキラを見ていると、私は京セラドーム大阪に、兄と一緒にいて、BUMP OF CHICKENのライブを見ていることに、すごく「ああ……」と思えてきた。兄が初めてBUMP OF CHICKENを知ったのは、好きなRPGゲームの主題歌を彼らがつとめたときだった。そのあと兄は、彼らの最初のアルバムをレンタルショップで借りて、一時期熱心に聞いて、私にもMDを貸してくれた。兄が音楽に興味を持つようになったのはそれからで、車でよく「アルエ」や「リトルブレイバー」を歌った。そのころの自分と兄が、ありありと思いだされた。そのころの自分たちが時間を経て、自分たちの都合で違う街へ住んでいて、それぞれ大阪へ来て、同じライブを見ているなんて、なんだか信じられなかった。あのころ、BUNMP OF CHICKENを聞いて歌っていたころ、私は22歳の自分と24歳の兄が、大阪で一緒にBUMP OF CHICKENのライブを見ているなんて1ミリも思い描いていなかった。こんなに思い描いていなかったことが起こるのだから、これからも何か、1ミリも思い描いていなかったことが起こるだろうと、キラキラの海を見ながら思った。私の好きな「ダンデライオン」をサブステージで歌っているBUMP OF CHICKEN。喋るようになった社会人の兄。2年先に生まれて私と暮らした兄。多分もう一緒に暮らすことのないだろう兄。そして私。

ライブが終わったあと、満員の地下鉄に揺られて、また新大阪駅まで戻った。新大阪駅の構内で、兄はいきなり「仕事はどうなの?」と私に聞いてきた。うまく答えられなかった。生活はうまくいっているとは言い難かった。今の自分の生活が、もうすぐ終わる予感がしていた。ひとりで満足に生産できない私が、仕事をしていると言えるんだろうか。そんな私を見て、兄はすぐに「どこでメシ食べる?」と話題を変えた。情けなかった。でも、ホッとした。人の気持ちに敏感で、人の嫌がることをなかなかできない兄だった。食事をした後、兄は新幹線に乗って、次の日の仕事のために名古屋へ帰っていった。

私はJRに乗って京都へ帰る間、まだ光っているブレスレットを見ながら、その日見たライブと兄のことを思い返していた。兄は変わったが、私はどうだ?というようなことが、ふと頭をよぎった。このままでは生きていけない。兄は自分の場所をちゃんと見つけたけれど、私は?結局どこへ行くのだろう。京都駅へ着いた頃、兄から「チケット代払うの忘れた」というメッセージが来て、なんとか笑えた。

「どんなに頑張って生きても、死んだら全部終わりじゃん」と「どんなに頑張って生きても、ゴジラが来たら全部終わりじゃん」

TLでワイワイ話題になっていたので気になって、先々週「シン・ゴジラ」を見てきた。一番近くの映画館では上映がなくて、免許取り立ての車で1時間半運転して、母を助手席に乗せて他市にある映画館へ行った。怪獣映画は一度も見たことがないし、監督のファンというわけでもないし、出演者のファンというわけでもない。強いて言えば石原さとみが好き……くらい。「面白いから観ると良いよ」と言われたままに座席に座った。

私はふと「人間どんなに頑張って生きても、どうしようもない事件や事故や天災に巻き込まれて死んだら全部終わりじゃん。じゃあなんで辛い思いをして頑張らなきゃいけないの?意味なくない?」と思うことが多々ある。仕事を頑張っているときや、将来のことを考えているときや、家族と話しているときによく思う。幸せも不幸も一瞬で吹っ飛んでしまうなら、毎日を積み重ねている意味ってなんだ?ただ倫理的に死ねないから、偶然死んでいないから生きているだけなんじゃないのか?と思うし、それは多分間違っていないとも思う。人間に生きる目的はあっても意味はないし、生きているのは今まで偶然死ななかったし、今死ねないから生きているっていうだけだ。

シン・ゴジラ」で超人的に仕事を全うする登場人物たちを見ていると、頭がボーッとなった。生きる意味とか死んだら全部終わりとか、そういうことを考えている人は誰もいないような雰囲気を感じた。でも、それは必死で働いている人たちから発される謎のエネルギー波動のようなもので、死の恐怖や生きる意味を探そうとする悪あがきが、覆い隠されているっていうことなんじゃないかなぁ、と、映画を見終わったトイレでふと思った。きっとみんな死ぬのは怖いし、巻き込まれたら全部終わりだって思っているけど、そういうふにゃふにゃして莫大に大きい不安ではなく、もっと確固たる姿のある、堅牢な建前に従って動いている。だから強く見える。

自分の仕事を全うする、ということは、実態がつかめない恐怖や不安から意図的に視線を逸らす、有効な手段なのかもしれない。

いつか生きていることの全部に意味がなくなるかもしれないけれど、それにピントを合わせて直視していたら、ゴジラがいない世界でも生きていけない。


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